nakayama-holinessのブログ

日本ホーリネス教団中山キリスト教会の公式ブログです。

受難週

棕櫚の主日・受難週・十字架

 4月5日は棕櫚の主日、受難週の始まりの日でした。礼拝の様子を動画で撮影し、最低限の編集をしてなんとかYouTubeとブログにアップロードした顛末は、前回のブログに書いた通りです。ノートパソコンの容量がギリギリ一杯だったため、急遽iCloudの容量を追加したり、これからしばらく続く動画編集を見越してパソコン自体の容量を整理する方法を模索したりと、今まで気にしていなかった/知らなかったことを調べて対応することに時間が取られ、本来なら受難週の初めにブログを更新しておくべきところを、金曜の夜中に慌ててキーボードを叩いているような始末です。

命の犠牲

 受難週の間も、都市部では新型コロナウィルスの感染者数が不気味に増加し、それに比例して医療従事者の負担と犠牲が増大しています。医療崩壊が起きないためにも、教会としても一箇所に集まる礼拝を休止し、個人としても不要不急の外出を控え、手洗い・消毒・マスクなどの感染予防対策を徹底しています。また、医療従事者の方々が自らを危険に晒してこの感染症の拡大を食い止めてくださっていることを覚え、心からの感謝と敬意を表したいと思います。

 ところで、感染者数の記録をまたも更新した金曜日は、紀元30年に主イエス・キリストが十字架刑によって処刑された日です。当時エルサレムを含む地域一帯は、ローマ帝国によって属州として支配されていましたので、この死刑の判決も実際の処刑も、皇帝によって任命された属州総督ポンティウス・ピラトゥスの責任において行われました。もちろん、この背後にエルサレム神殿を拠点とするユダヤの宗教指導者たちの思惑があったことは、否定できない事実でしょう。ただし、当時のユダヤ人民衆全体がこの十字架刑を要求したと考えることは、間違いだと思います。福音書の記述も、当時の歴史的な状況を考慮しつつ、ある程度「行間を読む」必要があるのです。いずれにせよ、この十字架刑は不当な処刑(冤罪)だったと言えます。ルカ福音書使徒言行録は、この点を特に強調します(例えばルカ23章41節[十字架につけられた犯罪人の言葉]、47節[処刑担当の百人隊長の言葉]、24章19-20節[イエスの弟子の言葉]、 使徒2章22-23節[ペトロの言葉]、 4章25-28節[信者たちの神への祈り])。

 しかし教会は、人間の歴史の表層においては冤罪であるこの出来事を、神の計画の中では私たちの救いの出来事として理解してきました。キリストの命が私たちの救いのための「犠牲」であるとの理解です。ただしこの「犠牲」は、より聖書に正確に理解するなら、キリストが私たちの代わりにこの世界にはびこる悪と暴力の犠牲となってくださった、ということです。それは、十字架によってこの悪の実態が白日の下に晒されるとともに、神がその悪の力を打ち破ってキリストを復活させて、私たちを悪の支配から解放するためでした。人間世界の悪(罪)によって処刑された「命」は、単に「犠牲」となって死で終わることなく、むしろ神によって復活させられ、この復活の新しい「命」が私たちを悪(罪)の支配から解放し、新しい「命」によって私たちを生かすのです。この受難週に、私たちは主イエスの十字架の死を、この意味で「命の犠牲」として覚えたいと思います。

感染症と「命の犠牲」

 今回の新型コロナウィルスについて、疫学的には人口の6割から7割が感染して回復し、抗体を持つようになれば、現在のような脅威ではなくなり、他のウィルスのように共存するようになると言われます。そうだとしても、世界の各地で大勢の方々が命を落としている状況を考えると、胸が痛みます。このウィルスとの「共存」状態に至るまでに、一体どれほどの命が失われることになるかを考えると、本当にやりきれない思いです。統計上の数字ではなく、その一人一人がかけがえのない存在、取り替えのきかない固有な存在であり、その喪失は周りの人々にとって深い痛みであるはずです。他のウィルスを考えてみても、人類と「共存」するに至るまでに、一体どれだけの人が亡くなったのだろうかと思うと、途方に暮れてしまいます。現在、私たちが抗体を獲得して比較的に平和に共存しているウィルスの一つ一つに対して、数えきれない人々の「命の犠牲」があったのだと思うと、厳粛な思いになります。今回の新型コロナウィルスに関しては、1日も早くワクチンや薬が開発され、治療法が確立し、命が救われることを心から祈ります。

 

お知らせ

 4月12日は復活日(イースター)です。礼拝は、前回と同様に撮影した動画をアップロードします。またそれとともに、同時配信を試してみます。うまくいけば、午前10時半にYouTubeのチャンネルで見られるとおもいますので、その時間帯にのぞいてみてください(うまくいかなかった場合は、夕方までにはアップロードしますので、ご了承ください)。

 またブログの方も、不定期に(気の向いたときに?)更新しますので、時々のぞいてみてください。

宗教法人日本ホーリネス教団中山教会・ 〒273-0024 千葉県船橋市二子町604-1・ 牧師:河野克也 Katsuya Kawano