nakayama-holinessのブログ

日本ホーリネス教団中山キリスト教会の公式ブログです。

2021年4月8日 祈祷会の学び(箴言16章)

祈祷会の学びのライブ配信動画です

 本日の中山教会の聖書通読箇所は、箴言16章です。ライブ配信動画を、ブログでも提供いたします。


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箴言全体の構成(続き):歴史的背景

 箴言の全体の構成は、第1部が1-9章(導入的詩集)、第2部が10:1-22:16(中心的詩集)、第3部が22:17-30:33(補足的詩集)、さらに後の時代の付加部分(31章)という構成です。以前に触れたジョン・ミラー教授の分析では、現在の形の箴言はヒゼキヤ王の時代にできたもので、以前のソロモン王の時代の箴言を大幅に、かつ緻密に編集して作られものです。現在の箴言がもともとソロモン王の時代に編纂されたものを含むことは、1章1節の「イスラエルの王、ダビデの子ソロモンの箴言」、10章1節の「ソロモンの箴言」といった見出し(標題)によって示されており、さらにそれがヒゼキヤ王の時代に編集されたことは、25章1節の「これらもまた、ソロモンの箴言である。ユダの王、ヒゼキヤの下にある人々が筆写したもの」という見出し(標題)によって明らかです。簡単に言えば、ソロモン王の時代の「箴言集」が、ヒゼキヤ王の時代に大幅に拡大された、ということのようです。

 ヒゼキヤ王の宗教改革は、王の治世第1年の第1の月にレビ人を聖別して、神殿の清めと聖所の汚れの除去の役割を与えたことに始まりますが(歴代誌下29:3-11)、ミラー教授によれば(Miller, Proverbs, pp.18-20)、このレビ人たちは、かつてソロモン王がダビデ王の王位を継承した際に追放した祭司エブヤタル(列王記上2章26-27節)の系統の人々だったようです。この人々は、モーセの教えを重んじるヒゼキヤ王の改革を推し進めるのに不可欠な人々として描かれていることから、ソロモン王によってエルサレム神殿の働きから追放された後も、自らの故郷(アナトト?)でモーセの教えを忠実に守っていたと考えられます。エブヤタルは、シロの聖所に仕える祭司として描かれますが、その祖先はモーセが金の子牛事件の際に任命したレビ人に遡る(出エジプト記32章26-29)と考えられます。ソロモンは、エジプトをはじめ多くの国と政略結婚によって関係を深め、異教の祭儀をイスラエルに導入して種の御心に反したことが記されていますが(列王記上11章)、父王ダビデが重用していた祭司ザドクとエブヤタルのうち、エブヤタルを追放してザドクをエルサレム神殿に残していることから、ミラー教授は、エブヤタルがソロモン王の異教祭儀導入に反対したため追放されて、ザドクはそれを容認したので残されたと考えるわけです。そのあたりの歴史的再構成については、評価が分かれるかもしれませんが、いずれにせよ、ヒゼキヤ王の宗教改革エルサレム神殿から異教祭儀を一掃することであり、モーセ以来のヤハウェ宗教の回復が主眼でしたので、そこでレビ人が重要な役割を果たしていることから、ヒゼキヤ王の時代の「箴言集」の編集作業においても、レビ人が大きな役割を果たしたと考えることは理にかなっていると思います。

(続きはまたそのうち…)

 

宗教法人日本ホーリネス教団中山教会・ 〒273-0024 千葉県船橋市二子町604-1・ 牧師:河野克也 Katsuya Kawano