nakayama-holinessのブログ

日本ホーリネス教団中山キリスト教会の公式ブログです。

2021年6月17日 祈祷会の学び(イザヤ35章)

6月17日の祈祷会の学びの動画です

 先ほど終了した祈祷会の学びのライブ配信動画を、ブログでも提供いたします。


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イザヤ35章:イザヤ書における位置づけ

 本日の中山教会の聖書通読箇所は、イザヤ書35章です。35章は、イザヤ書の第1区分である1章から39章の中で、詩の文体(韻文)で書かれる預言の言葉の締めくくりとなります。その後の36-39章は、通常の文体(散文)で書かれる歴史記述ですので、その文体の転換から、全体的な区分の区切りも、とてもわかりやすくなっています。

イザヤ書の区分

第1区分(1-39章)

  預言集(1-35章)

  歴史記述(36-39章)

第2区分(40-55章)

第3区分(56-66章)

 

35章:回復の希望

 第1区分の預言集を締めくくる35章は、終末論的な壮大なスケールの預言です。『新聖歌』の交読文にもありますので、馴染深い章だと思います。聖書協会共同訳では「回復の希望」という小見出しがついていますが、この回復は、1-2節において「荒れ野」「乾いた地」「砂漠」が、豊かに水を湛えた花の咲き誇る地へと変わるという、美しい描写で描かれます。この描写は、単にユダ王国の周辺の荒れ野が豊かになるというだけの描写ではなく、むしろ、神によって造られた世界そのものが新しくされるという、被造世界の回復を描いたものとして読むことができるでしょう。同じイメージが、6節後半から7節にかけても繰り返されます。

 もう一つは、病や障害といった人間の体のもつ弱さが、癒され回復されるイメージです。こちらは5節から6節前半に描かれます。この癒しと回復のイメージは、新約聖書の主イエスの宣教に重ね合わされて行きます。当時ガリラヤとぺレアを治めていた領主ヘロデ・アンティパスによって投獄されていたバプテスマのヨハネは、イエスの宣教活動について弟子たちから聞かされると、弟子二人をイエスのもとに遣わして、「来るべき方は、あなたですか。それとも、ほかの方を待つべきでしょうか」と尋ねさせています(マタイ11:3//ルカ7:19)。それに対して、イエスは、「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい」と告げ、「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、規定の病を患っている人は清められ、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」と言いますが(マタイ11:5//ルカ7:22)、この答えの中にはイザヤ35:5-6aの記述が含まれます。新約聖書の時代、また主イエスご自身の自己理解において、イザヤ35章が告げる終末論的な回復が大きな意味を持っていたことが分かりますね。

36-39章:散文による歴史記

 イザヤ36-39章は、第1区分と第2区分の間の区切りを際立たせる目印となります。内容は、ヒゼキヤ王の治世(前725-697年)の晩年の前701年に、アッシリアセンナケリブエルサレムを包囲した危機から奇跡的に救われる出来事を記した36-37章と、ヒゼキヤ王が死の病にあって涙ながらに神に祈ったことで、癒された出来事(38章)と、その快気祝いにやってきたバビロンの使者を歓迎したヒゼキヤ王の判断に対して、イザヤがその甘さを指摘し、バビロン捕囚が避けられないことを預言する出来事(39章)によって構成されます。

 少し前の31章では、アッシリアからの独立を画策する中でエジプトを頼りにする愚かさが指摘されていますが、アッシリア軍の司令官である総督ラブ・シャケが降伏を呼びかける言葉の中で、同じようにエジプトを頼りにする愚かさが指摘されます(39:8-9)。続く10節にある、「この度、私が主ご自身と関わりなくこの地を滅ぼしに攻め上って来たと思うのか。この地に攻めのぼり、これを滅ぼせと私に言われたのは主ご自身なのだ」というラブ・シャケの最後の言葉は、決して真に受けてはならないものです。この言葉は、8-9節の「エジプトではなくアッシリアを頼れ、そうすればお前たちがエジプトから調達しようとしている軍馬を2000頭与えてやろう」という言葉からしても、また、最終的に、この時にエルサレムを包囲していたラブ・シャケ率いるアッシリア軍が、一夜にして壊滅した展開からも、正しいことを述べてはいないと判断できます。「主を頼る」と言ってアッシリアに反旗を翻そうとするユダ王国に対して、その「主に頼る」ことを皮肉って語った挑発的な発言だと理解できます。この辺りも、アッシリアの傲慢を見せつけられているような気がしますね。

 

次週の予告

 次週はイザヤ書の第二区分に進み、42章を扱います。ユダ王国は、ヒゼキヤ王の後、アッシリアの後に台頭するバビロンによって滅ぼされ、捕囚の憂き目に遭うのですが、40章から始まる第二区分は、このバビロン捕囚からの帰還が、神による救い・解放の出来事として描かれます。第1区分でも、ところどころに離散していた民の帰還の預言が散りばめられていますが、いよいよその帰還が正面から扱われる、ということです。

 

2021年6月13日 礼拝

6月13日(聖霊降臨後第三主日)の礼拝動画です

 先ほど終了した礼拝のライブ配信動画を、ブログでも提供いたします。

 


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*途中、会堂のスピーカーからの音が途切れてしまったので、配信の方も音が切れてしまったのではないかと心配したのですが、とりあえず大丈夫だったようです。

 

週報の訂正

 左下の「今週のみ言葉」の聖書箇所ですが、イザヤ11:1-4a の後に、9が入ります。ちょうど「私の聖なる山のどこにおいても…」がその部分になります。

 右上の「お知らせ」の二つ目にある「折られない」は、ひらがなの「おられない」が正しい表記です。

2021年6月13日 礼拝週報

6月13日(聖霊降臨後第三主日)の礼拝週報です

 本日の礼拝週報を、ブログでも提供いたします。

 本日は第2週ですので、聖書の言葉シリーズ(シーズン2)の「ね」です。シーズン1では「寝ずの番」にしましたが、今回は「根」です。

 

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2021年6月13日 礼拝週報

 

プレジャム千葉&茨城教区大会

 週報に載せ忘れてしまいましたが、6月20日(日)午後4時から、千葉教区と茨城教区合同のプレジャム大会が開かれます。メッセンジャーは竹田広志先生(勝田台教会)です。申し込み締切は6月19日で、申し込みはGoogleformです。チラシを貼り付けますので、奮ってご参加ください。

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2021年6月20日 プレジャム千葉&茨城

 

2021年6月10日 祈祷会の学び(イザヤ28章)

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預言者イザヤ

 預言者イザヤは、1章1節の標題にあるように、紀元8世紀の南北分裂王朝時代の南王国ユダで、ウジヤ(前787-736年:在位は756年まで)、ヨタム(前756-741年)、アハズ(前741-725年)、ヒゼキヤ(前725-697年)に活動した人物です。〔王の在位年は「○○王の第○○年」の数え方をどう取るかで多少のズレが生じるので、一応の目安です。〕

 イザヤ6章の記述から、ウジヤ王の死(前736年)に際してイザヤが神殿で神の栄光の幻を見たことが、彼の預言者としての「召命」の中心的出来事だったことが読み取れますが、それは翻って、ウジヤ王の死がイザヤにとって危機的な出来事だったことを表していると考えられます。ウジヤ王は、列王記下15章では偉大な信仰深い王として描かれていますが(ここでは王の名前がアザルヤと表記されます)、死の20年前の在位中に「規定の病」に罹り、息子ヨタムの摂政が始まっていますので(北イスラエルの王ペカの治世第2年=前756年)、イザヤは少なくともウジヤ王の全盛期を知っていたのでしょう。イザヤがウジヤの全盛期(前756年以前)にすでに預言者として活動していたのか、それとも、かつてのウジヤの栄光の時代を上の世代の人々から聞いて知っていたのかは確定できませんが、あのウジヤ王が死んだ、という事態を神の民の重大な危機だと判断したということです。何れにせよ、イザヤがこの危機的事態に直面して、神殿で神の栄光に触れ、その危機の時代に対する神の言葉を託されたのが、6章出来事だと考えられます。つまり、6章の幻は、イザヤの預言者としての最初の証明経験ではなく、ウジヤの死という特定の危機に際して預言の言葉を託された、特別任務の「委託」の出来事だと考えるべきでしょう。

 そう考えると、イザヤの活動は、少なくともウジヤ王の死の年よりも数年前には始まっていたことになります。おそらく、紀元前722年にアッシリア帝国が北王国イスラエルを滅ぼし、南王国ユダを属国にした後に、前704年にアッシリア王がセンナケリブに代わった際には、ユダ王ヒゼキヤは、まず台頭していたバビロニアと同盟を組むことでアッシリアからの独立を目指し、それが頓挫すると、今度はエジプトと同盟を組むことでアッシリアからの独立を画策しますが、イザヤはその時に、ヒゼキヤに対して軍事同盟に頼ることを厳しく批判していますので、イザヤの活動は紀元前700年頃まで、ということになると思います。

イザヤ書の区分

 イザヤ書は、聖書学の伝統では大きく3つに区分されます。それは、1-39章(紀元前8世紀の預言者イザヤの言葉を中心に編集された部分)、40-55章(バビロン捕囚からの帰還を第二の出エジプトとして描く救済預言)、56-66章(捕囚からの帰還後の状況に対する預言集)、という区分です。第2区分を「第二イザヤ」、第3区分を「第三イザヤ」と呼ぶことが聖書学での習慣になっていますが、まあ、便宜的なものだと考えておけば良いと思います。

イザヤ書を読む文脈

 当時の預言活動について考えてみると、紀元前8世紀の預言者イザヤは、王たちの前で直接語りかけるような形でも活動していましたが、その言葉が(おそらく一部は本人によって)書き留められ、弟子たちによって語り継がれていったと考えられます。危機の時代に神から預言のことばを託されたイザヤの周りには、一定数の仲間や弟子たちがいたことでしょう。それがどのくらいの規模かはともかく、この「弟子たち」は、神は確かにイザヤに語りかけたとの確信をもって、イザヤの預言を文書にまとめたと考えられます。また彼らは、イザヤに語りかけた同じ神が時代を超えて今も語り続けているとの確信を持ち、目まぐるしく変化する時代状況に対して、自分たちにも預言の言葉を託されたとの確信のもと、その新たな状況に対する神の言葉を書き留めたと考えられます。現在の「イザヤ書」は、そうした預言者イザヤの伝統に連なる者たちが、それぞれの状況に対して語られた神の言葉を丁寧に書き留め、編集し、一つの文書にまとめ上げたもの、ということになります。ですから、預言書を理解するポイントは、それが生きた神の言葉であることを理解することと、その神の言葉を、歴史の中の具体的な危機の状況にある人々に対して意味のある言葉として語られたものとして理解することです。

具体例:インマヌエル預言

 5月20日のブログの記事と重複しますが、一つだけ具体例を挙げてみます。

 7章にある「インマヌエルのしるし」の記事は、私たちにとってはマタイ1章の記述もあって、救い主イエス・キリストの誕生の預言として馴染深いですが、もともとは紀元前8世紀のシリア・エフライム同盟の危機(紀元前733年)に際して語られた言葉です。この同盟は、迫り来るアッシリア帝国の脅威に対して、北王国イスラエル(エフライム)とそのすぐ北にあるアラム(シリア)を中心に、近隣諸国が一致団結して対抗しようとして結んだ同盟ですが、南王国ユダにもこの同盟に参加するように誘いがかかります。時のユダ王アハズはこれを拒んで、むしろアッシリアの属国として生き延びる道を選ぶのですが、イスラエルとアラムは、この同盟に参加しないユダに対して怒り、軍事侵攻を計画します。そのことを知らされたアハズ王と国民とが恐れに取り憑かれた、というのがこの「インマヌエルのしるし」の背景です(7:1-2)。この状況にあって、誕生が預言されるこの男の子は「私たちと共に〔いる〕神」を意味する「インマヌエル」という名で呼ばれますが、それは、「アラム(王レツィン)もイスラエル(王ペカ)も恐るな、神が共にいる!」という、神ヤハウェに対する信頼を呼びかける言葉でした。

 紀元前733年のシリア・エフライム戦争の危機の時代に語られたこの言葉は、その時代の人々にとって意味のある神の言葉でした。この言葉をその時代状況から切り離して、それから730年も後の時代の出来事について直接預言した言葉だと言うことは、残念ながら時代錯誤です。もしもイザヤがシリア・エフライムの危機に動揺する人たちに対して、「安心しなさい、今から730年後には救い主がお生まれになる」と語ったとしたら、聞いている人たちはどのような反応をしたでしょうか? 

 主イエスがお生まれになった時代も、大国ローマの支配下にあって危機の時代(ローマの権威を傘に着たヘロデ大王の圧政、およびその息子たちの分割統治の時代)でしたので、730年前にイザヤが告げた言葉が、本質において同じ意味を担ったとは言えるのですが、そもそも最初に語られた時の状況と意味を素通りして、主イエスの降誕の出来事と直結させるべきではないと思います。むしろ私たちは、イザヤの言葉を神の言葉として聞き、その同じ神に信頼して預言の言葉を担い、変化する時代状況の中でイザヤの預言を語り続けたイザヤの弟子たちの姿勢に倣って、預言の言葉をそれぞれの時代の状況において、神の言葉として丁寧に受け取りたいと思います。

 

イザヤのメッセージ

裁きの預言

 イザヤは、一方では国際情勢下での軍事的脅威に対して、目に見える軍事大国に頼るのではなく、ヤハウェに信頼することを要求します。それとともに、王や祭司、貴族たちが贅沢な暮らしを続け、経済格差が広がり固定化される状況に対して、それが神の御心に反することを告げ、悔い改めと方向転換を迫ります。経済的不正義については、イザヤ5章の「ぶどう畑の歌」に続く告発の言葉の中に、「災あれ、家に家を連ね、畑に畑を加える者に。/もはや土地はなくなり/あなたがただけがこの地の中に住もうとしている」という表現がありますが(8節)、これは一部の人が富と農地を独占し、多くの人が貧困に追いやられている様子を描いたものです。ぶどうの良い実を期待して手入れしたにもかかわらず、できたのは酸っぱくて食べられない悪いぶどうだった、という「ぶどう畑の歌」の言葉は、この状況を表現したものです。このように人間の罪が増大する中、イザヤは厳しい裁きのメッセージを語ったのです。

回復の預言

 それとともに、イザヤは将来における回復についても語ります。同じ「ぶどう畑」のイメージが27章では反転されて、神による回復が語られます(2-6節)。この同じイメージの反転というところが、イザヤの預言の醍醐味でしょう。同じ回復のメッセージでも、27章後半のイメージは、より政治的な描写です(12-13節)。ここでは、「ユーフラテスの流れから/エジプト川まで」や、「アッシリアの地に失われた人々と/エジプトの地に散らされていた人々が来て/聖なる山エルサレムで主を礼拝する」とあるように、時代的にはアッシリア帝国の危機が念頭にあります。具体的には、ヒゼキヤ王の晩年にエジプトとの同盟によってアッシリアからの独立を画策した時期がありましたが、その時点ではすでに20年程前に北王国がアッシリアに滅ぼされ、人口入替政策によってイスラエル王国の人たちが散らされていましたし、またこの時の独立の企てが失敗して、ユダ王国の一定数の人々がアッシリアやエジプトに散らされて行くことも想定できたでしょうから、エルサレムへの帰還のイメージは、バビロン捕囚よりも前の時代にも意味ある言葉として語られ、受け取られたと考えられます。

 ちなみに、26章の最後の部分にある裁きの預言にくっついている27章1節の預言は、より終末論的な壮大なスケールで、神に敵対する勢力をレビヤタンや竜として描き、神の最終的な勝利として救いを描いています。あるいは、このレビヤタンや竜も、具体的な大国をイメージして語られているのかもしれませんが、表現としては、別次元のスケールですね。

28章からもひとこと

 6月10日の聖書通読箇所は28章なのですが、それ以外の話が長くなってしまいました。28章からも、せめて何かひとことと思います。14-22節にある「隅の親石」のイメージは、詩編118編に出てくるものですが、どちらが先なのでしょう? イザヤ28章の方は、おそらく人々が耳を傾けない預言者イザヤと弟子たちを指すのでしょう(関根清三訳『イザヤ書』[岩波書店、1997年]、114頁、注4)。詩編の方は具体的に何を指しているか特定することは困難ですが、新約聖書では繰り返し、神殿当局によって十字架に追いやられた主イエスを指すイメージとして理解されて来ました。主イエスが神殿当局者に対して語った「ぶどう園と農夫」の譬えでも、主イエスを指すものとして、この詩編が直接引用されています。イザヤの時代も主イエスの時代も、為政者たちは神の言葉を語る者たちを疎んじたのですね。

 もう一つ、23-29節の「農夫の知恵」は、種の種類によって蒔き方も脱穀の仕方も違うことが語られていますが、当時の(最先端の?)農業技術を垣間見るような気がしますね。聖書協会共同訳では、黒種草(クロタネソウ)、クミン、小麦、大麦、デュラム小麦の5種類が名前を挙げて言及されています。口語訳では「黒種草」は「いのんど」、「デュラム小麦」は「スペルト麦」となっています。新改訳2017では「黒種草」は「ういきょう」、「デュラム小麦」は「裸麦」です。あらためて比べてみると混乱しますね。「クロタネソウ」で検索すると、どうやらブラッククミンとかキャラウェイとかのようですので、中東で一般的なクミン系のスパイスということでしょう。いずれにしても、ここでは種類によって扱いが違うことが強調されていますので、新約聖書の「種まき」の譬えの撒き散らすイメージだけではないことがわかります。イザヤ28章によれば、撒き散らすのはクミン系の二つだけのようです。ということは、種まきの譬えのタネはクミン? いや、収穫のイメージからすると麦系でしょうか?

 それはともかく、ここでのポイントは、当時の農業技術が「これもまた万軍の主から出たことである」とまとめられていることです。最先端の技術も人間の知恵だけで説明すべきではなく、神の祝福によるものとして受け止めるということです。人間は自らの技術を過信してはならない、神の前にへり下る姿勢を失ってはならない、ということだと思います。ゲノム編集も原子力発電所も、ましてや核兵器など、人間が驕り高ぶって振り回すべきではない、と考えるべきなのでしょう。

 (長くなりましたので、この辺りにします)

 

2021年6月6日 礼拝

6月6日(聖霊降臨後第二主日)の礼拝動画です

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「不正な管理人」の譬え

 この譬え物語は、謎の多い厄介な譬えです。8節前半では、1度目は財産を無駄遣いされ、2度目は財産(負債)を大幅に割引されて、不正を繰り返した管理人を、その主人が褒めるという何とも不可解な展開で、この譬えは幕を閉じます。8節後半では、その不可解な展開を、「この世の子ら」のズル賢さのゆえとして説明する主イエスの言葉が続き、さらに9節では、不正な富で友達を作れ、と命じられます。私たちは、主イエスが「悪い仲間を作れ」などどお教えになるはずはない考えるので、ここまで読んで行き詰まってしまいます。

 しかし、9節は主イエスの強烈なアイロニーとして読むと、全体がスッキリします。不正に不正を重ねていけば、ついには永遠さえも確保できるかのように思い違いをする「この世の子ら」のずる賢さを皮肉って、「できると思うならやってみよ」と煽っているのが、9節の言葉だと思います。そう読めば、10節以降の部分がスムーズに繋がりますよ。13節は、この譬え物語と教え全体の結論として、神を取るか富を取るか、しっかり決断するように迫っています。

2021年6月6日 礼拝週報

6月6日(聖霊降臨後第二主日)の礼拝週報です

 本日の週報をお届けします。

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2021年6月6日 礼拝週報

 

Youth Jam 2021

 6月になりました。Youth Jam 2021まであと2ヶ月ということで、教団からプログラムの案内が届いています。日程は8月12-14日(木〜土)です。関係する方々はすでにYJ2021のホームページで情報を得ていることと思いますが、念のため、また教会の皆さんに広くお祈りいただければと思い、案内をブログでもお届けします。表裏2頁です(メールに添付されていたPDFから直接フォーマットをJPGに変換しようとしたら、1ページ目だけ、数値が許容範囲を超えているのでできない、とのエラーメッセージが出てしまいました。結局、変換できませんでしたので、プリントしたものを改めて画像としてスキャンしました)。

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YJ2021情報誌 vol.6(表)

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YJ2021情報誌 vol.6(裏)

 

2021年6月3日 祈祷会の学び(イザヤ21章)

6月3日の祈祷会の学びの動画です

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イザヤ書21章(と、その前後)

 本日の中山教会の聖書通読箇所は、イザヤ書21章です。21章は、「諸国民への預言」の言葉がまとめられている13-23章の中で、バビロンへの裁きが語られる箇所です。聖書協会共同役の小見出しでは「バビロンが倒れる」となっていますが、聖書を読み慣れている方は、あるいは新約聖書の黙示録18章を思い起こすかもしれません。イザヤ21章で「倒れた。倒れた。バビロンが。その神々の偶像はすべて破壊され、地に落ちた」(9節)と書かれていて、黙示録18章では「倒れた。大バビロンが倒れた」(2節)と書かれています。黙示録は、古代ローマ帝国の全盛期の紀元90年代に、現在のトルコ西岸で書かれたと考えられていますので、ここでの「大バビロン」は、当然ながらローマ帝国を指す暗号です。黙示録は紀元前8世紀のイザヤとは時代も地域も違いますが、それでも、神が歴史の中に決定的な仕方で介入して、救いを成し遂げてくださる期待を描いている点では共通します。

 イザヤ21章とその前後は、紀元前8世紀の危機的な状況下にあって、神が決定的な仕方で歴史に介入してくださり、救いを完成してくださることが様々な仕方で告げられています。それは一方では、神に逆らう傲慢な諸民族への裁きという形で描かれます。19章1-15節にあるエジプトへの裁きはその分かりやすい例です。しかし、この裁きは、決して罰し、滅ぼして終わりというものではなく、むしろ、罰することを通して癒し、回復させるという意味で、救いでもあります。19:16-17は罰としての裁きがまだ前面に出ているようですが、18節以降では、エジプトが神に立ち帰る回心と回復が語られます。「主はエジプトを打たれ、打ちながらも癒される。彼らが主に立ち帰ると、主は彼らの願いを聞き入れ、癒される」との言葉は、神の裁きの本質をよく表していると思います。

 23節には、長年の宿敵として、覇権争いを繰り広げてきたアッシリアとエジプトが和解し、その間に「大路」つまり幹線道路が敷かれて、相互に行き来し、両者が「共に主に仕える」ようになることが描かれます。そして24節では、神の民イスラエルが、「エジプトとアッシリアに続き、地上のただ中において祝福される第三のものとなる」と告げられます。原文では単に「祝福の第三のものとなる」とあり、「祝福される」か「祝福する」か、どちらにも取れる表現になっています。続く25節では「万軍の主は祝福して言われる。『祝福あれ、私の民エジプト、私の手の業アッシリア、私のものである民イスラエル」とありますので、24節も「神に祝福される第三のもの」という意味なのでしょうが、それでも創世記12章1-3節では、神がアブラハムを選んだ目的として、「あなたは祝福の基となる。/あなたを祝福する人を私は祝福し/…地上のすべての氏族は/あなたによって祝福される」とありますので、ここでも単に神から祝福されるだけにとどまらず、その祝福をもってすべての民が祝福されるようになるという意味で、「祝福する第三のもの」という意味も込められていると言えるでしょう。

 

裁きの先の祝福

 13-23章の諸国民への預言で語られる裁きも、24章に描かれる「全地の裁き」も25:1-5に描かれる「横暴な国々への裁き」も、最終的には25:6-10に描かれる終末における救いへと向かう前段階ということになるでしょう。25:6-10では、終わりの日に主の山において祝宴が開かれることが告げられますが、それは神の民イスラエルだけではなく「すべての民のため」の祝宴(6節)です。さらにそれは、これまで互いに傷つけ合い、害し合い、殺しあっていた諸民族が、主の山にあって一同に集い、共に祝宴に与るという和解と平和のイメージです(イザヤ11:6-9参照)。その日には、「すべての民の顔を覆うベールと/すべての国民にかぶせられている顔覆いを破り/死を永遠に呑み込んでくださる」とあります。死が最終的に取り除かれるというこのヴィジョンは、「最後の敵として、死が無力にされる」ことを告げる1コリント15:26や、イザヤ25:8の表現を繰り返して、神が「目から涙をことごとく拭い去ってくださる」ことを告げる黙示録21:4にも描かれます。こうして見てみると、旧約聖書預言者が語る救いのヴィジョンと新約聖書の描く救いのヴィジョンが、見事に重なり合っていることがよく分かります。

宗教法人日本ホーリネス教団中山教会・ 〒273-0024 千葉県船橋市二子町604-1・ 牧師:河野克也 Katsuya Kawano